『悩ましい翻訳語/科学用語の由来と誤訳』垂水雄二(八坂書房09/11) を読む

翻訳の現場では,異国のこの単語をどんな日本語にするかが重要なことになるのは常識。
そしてなかでも科学的な分野では,量子力学にせよ分子生物学にせよ、そのイロハから背景を最低知らなければ翻訳はできない-と著者は語る。著者は京大の大学院理学研究科の博士課程を卒業,出版社勤務を経て翻訳を続けている。

  内容は,次の目次に出ている原語と翻訳語について、その歴史的な流れも含めてたどり,それぞれの誤訳に切り込みはたして妥当かどうかを語っている。歴史的 流れとしては最近の時には「差別」的と見られる,用語問題にもふれてある。翻訳者たちの悪戦苦闘が如実に示される一冊だ。

1章 イヌも歩けば誤訳にあたる/アフリカ野生犬African wild dog/ギニア豚guinea pig/ミバエfruit fly/イナゴlocust/ロビンrobin/ウサギhare
2章 草木もなびく誤りへの道/樫の木oak tree/棕櫚palm/谷間の百合lily of the valley/アメリカハナミズキflowering dogwood/つる植物vine
3章 人と自然を取り巻く闇/博物学natural history/森woods/野生生物wildlife/公害pollution/踏み車treadmill
4章 こんな訳語に誰がした/齲歯dental caries/発火fire/加齢aging/免疫immunity/ネコ目Carnivora/ヌタウナギhagfish
5章 進化論をめぐる思い違い/自然選択natural selection/天変地異説catastrophism/恐竜dinosaurus/藍藻blue-green algae/類人猿ape/優生学eugenics/利己的な遺伝子selfish gene
6章 心理学用語の憂鬱/統制群control group/両面価値ambivalence/刻印づけimprinting/汎化generalization/性同一性障害gender identity disorder/認知症dementia
7 章 生物学用語の正しい使い方/警戒色warning color/神人同形同性説anthropomorphism/草食動物herbivore/内婚interbreeding/動物群fauna/二倍体 diploid/変身metamorphosis/抗生物質antibiotics
8章 悩ましきカタカナ語/キューティクルcuticle/ビタミンvitamin/ウイルスvirus/ホモhomo/マニュアルmanual/ロイヤル・ソサエティThe Royal Society

参考文献約3ページ,索引5ページ半。翻訳を仕事にしていなくても、言語という文化のあり方を改めて考えさせられるものがある。
                      (10/5)

『動物と人間の世界認識』日高敏隆(ちくま学芸文庫07/9)を読む

サブタイトルが「イリュージョンなしには世界は見えない」。

 動物の世界認識は,ほぼ遺伝的に決定されている。著者はネコやモンシロチョウ,ハリネズミやカブトムシ,ダニなどの生態観察から,彼らにはかれらの認知する独自の世界があると言う。
 彼らの感覚で知り得る環境は,かれらの生活にとって必要なものから構成されている。そして必要ないものは,彼らにとっては無いものと同じだ。
動物はそれぞれの種によって、環境をイリュージョンしている。あるいはイリュージョンなしには動物は世界(環境)が見えないと、著者は語る。

この説は大変面白いが、素朴な読者にとってはかえって煩瑣なものを感じさせられた。この話はもっと簡単にしても良いのではないか。
 例えば,地球上のこの世界はほぼこれこれという状態になっている。その地球上の動物は,かれらとかれらの子孫のそれぞれが、生存に必要にして十分な環境条件のなかで、それを保ちつつ種の生存を図っている。そのあり方は種に依ってそれぞれ異なる。
 例えばネコやモンシロチョウなどなどの場合にはこれこれしかじかだ、という具体例が示されるーという方が解り易い。

 この、種に依って世界への対応が違うのは、イリュージョンが違うからだということまでは解るが,そのイリュージョンなしには世界が存在しないかに語られると,少し戸惑う。

 何れにしても,人間の存在の仕方にまで想いが及ぶ、単なる生物のお話ではないという、興味津々の物語。(10/6)

『かけ算には順序があるのか』高橋誠(岩波科学ライブラリー11/5)を読む

 いま小学校では、かけ算の式の順序が違うと答えは○で式は×になるという。
 (戦前の小学校/国民学校ではどうだったか記憶に無いが)
 小学校でのかけ算の教え方や中国や日本での九九の歴史を探り、また算数の始まりから見えてきた、分離数や連続量の世界を示す-というものだが,叙述が正確さを求められている為か,場合によってはやや冗長なところも。
 しかしこのような切り口で、様々な課題の算数さらには数学のドアを開ける入門ガイドがあれば愉しいことだろう。

『宇宙は本当にひとつなのか-最新宇宙論入門』村山斉(ブルーバックス11/7)を読む

宇宙創生のカギをにぎり、しかも宇宙を構成するエネルギーの96%を占める未だに謎の暗黒物質や暗黒エネルギー。
そこから宇宙とはいったいどのような姿をしているのか、その宇宙はわれわれの見る一つに限られているのか。
いや実は,ということで多次元宇宙と多元宇宙についての最近のトピックスをおりまぜながら、宇宙とは何かを考える。

 というマクロの話にはさんで、天の川銀河から230万光年先に位置するアンドロメダ銀河とは相互の引力が作用していて,両銀河は少しずつ接近しつつあり、約45億年後には衝突すると予測されている、とのこと。
 素人のロマンチシズムをも掻き立てる宇宙論議は、地上の政治・経済議に比べてかなり愉しいものにさえ思えて来る。

〈村山斉〉1964年東京生まれ。東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構初代機構長、特任教授。カリフォルニア大学バークレー校物理教室教授。専門は素粒子物理学。2002年西宮湯川記念賞受賞。
                   (11/11)

「ご当地電力はじめました!」高橋真樹 (岩波ジュニア新書/15/1)を読む

 目下の電力自由化問題に、庶民目線で書いた一冊。

まずは、地域をどう活性化するかという大命題を前提に、地域電力問題を取り上げる。

 当然ながら現在なお進行形の電力事情について、丹念に全国の地域にわたり、具体的事例を調査し、それを活き活きと伝える快著。

 日本の将来が見えてくるかのような感じが素敵。

 

▶出版社より

全国のご当地電力 第1章 エネルギーをとりもどす 工作体験で、エネルギーを身近にする DIYで町づくりをする藤野電力 ご当地電力は何をめざすのか? みんなでエネルギーをつくる時代があった 地域の力を掘りおこせ! 第2章 誤解だらけのエネルギー エネルギーをめぐる誤解 「エネルギー=電気」ではない 自宅の燃費を知る エネルギーの大半は捨てられている 自然エネルギー利用は、省エネとセット 「原発が止まったから日本が赤字になった」はまちがい? 第3章 コミュニティパワーで国を動かす 「自然エネルギーなら何でもいい」というわけではない つくることが目的になってはいけない 市民が参加してつくった巨大風車-デンマーク 地域の発電所が国を動かした キーワードは「コミュニティパワー」 「化石燃料の国」で-オーストラリア コミュニティで愛される「ゲイル」 日本にもある市民風車 「おひさまの町」を実現した 第4章 福島が変わった 原発事故で変わった福島県 自然エネルギーなんて役に立たない? オーストラリアを訪れた南相馬の中学生 福島で動きはじめたご当地電力 ソーラーシェアリングで農地を活かす-南相馬 手作り発電所をつくるボランティアツアー-いわき エネルギーの植民地から自立する-会津 福島の全電力をまかなう構想も 第5章 全国に広がるご当地電力 ご当地電力は地域や人によってちがう 持続可能な「ほうとく思想」-小田原 自然エネルギーを地域のメリットに かみ合わなかった市民と行政-宝塚 立場のちがいを活かした「宝塚モデル」 合い言葉は「小学校を残そう」-石徹白 エネルギーと地域づくりは一体 地域のみんなが出資する発電プロジェクトへ 都市部のキーワードは「ヒト」-多摩 大学生がコミュニティを盛り上げる 一軒の屋根から広がった「相乗りくん」-上田 過疎地の危機を救う「コミュニティハッピーソーラー」-徳島 第6章 ご当地電力ネットワークでエネルギーシフト! ご当地電力のネットワークができた エネルギーの生産者と消費者をつなげたい 「電力自由化」でどうなるのか 最大のポイントは「発送電分離」 国や電力会社の動きに注目する 第7章 はじめよう! 一人一人にできること 高校生が世界につないだ太陽光 太陽の力で武道館ライブ! ソーラー・ブドウカンからはじまった変化 知恵と創造力が、ぼくたちの未来を変える エネルギーを賢く使うため、あなたにできる15のこと 推薦図書リスト あとがき
大多数の人たちの便利さのために、だれかが犠牲になるシステムから卒業するときがきた!みんながエネルギーをつくり、自分で選んだ電力会社と契約して、自然エネルギーを使いこなすことのできる社会はまもなくやってくる。そのカギをにぎるのは…。日本の各地で力強く動き出した市民主導の「ご当地電力」を紹介する。
▶著者紹介    〈高橋真樹〉1973年東京生まれ。ノンフィクションライター。放送大学非常勤講師。平和協同ジャーナリスト基金奨励賞受賞。著書に「観光コースでないハワイ」「自然エネルギー革命をはじめよう」など。

< 脊椎動物の肺 起源は原始的な肺 魚の「浮袋」進化でなく>

東京慈恵会医科大などのチーム研究結果(毎日新聞)の記事を見つけ、興味深く読んだ。(16/8/28)

 ヒトを含む陸上で生活する脊椎(せきつい)動物の肺は、魚の浮袋から進化したのではなく、魚類と陸上の脊椎動物の共通する祖先が持っていた原始的な肺が起源だとする研究結果を、東京慈恵会医科大などのチームが英科学誌に発表した。

 

 多くの魚は体内に浮袋を持ち、大きさを変えることで浮き沈みしやすくしている。英国の自然科学者、チャールズ・ダーウィンは著書「種の起源」で、陸上で 生活する脊椎動物の呼吸に欠かせない肺は「魚の浮袋から進化した」と、肺より浮袋が先に存在していた可能性を示していた。

 同大の岡部正隆教授らは、現在の一般的な魚類の仲間では最も原始的な「古代魚」とも

呼ばれる「ポリプテルス」に着目。ポリプテルスには浮袋でなく肺があり、卵から肺が成長する様子を調べたところ、陸上の脊 椎動物の成長過程と極めてよく似ていた。また、陸上の脊椎動物の肺が作られる際に不可欠な3種類の遺伝子が同じように働いており、陸上の脊椎動物と共通の 仕組みで肺ができることが分かったという。

 これらの結果から、チームは、魚が陸に上がるようになってから肺ができたのではなく、浮袋よりも前に肺という器官が存在していたと結論付けた。岡部教授 は「私たちヒトの肺も、現在の一般的な魚類が持つ浮袋も、共通する祖先の原始的な肺から進化したものと考えられる」と話す。【永山悦子】

『なぜ蚊は人を襲うのか』嘉糠洋陸 (岩波科学ライブラリー16/7)を読む

蚊について、微に入り細をつくす寄生虫学。
 蚊も人を刺す蚊とそうでないものとがいるのも初めて知った。また伝染病のウイルスなどを体内に取り入れた場合、蚊自体が発症しないしくみも。平清盛から西郷隆盛および寺田寅彦などの症例をあげるなどサービス精神旺盛な記述。
  実用的にはピレスロイド系殺虫剤を塗り込み、長期残効型の蚊帳(ITN)が開発されているとのこと。直接刺されないし、蚊が蚊帳に止まって触れただけで殺せるという一石二鳥の効果あり、とのこと。夏には有効だろう。但し、農薬としての毒性もあり、また2年ほどで効果はなくなるという研究も。
岩波書店より
オ スと交配したメス蚊だけがまさに人を襲うバンパイアと化し,ときに恐るべき病原体を人の体内に注入.吸血された人を《患者》というものに変えてしまう.ア フリカの大地で巨大蚊柱と格闘し,アマゾンでは牛に群がる蚊を追う.かたや研究室で万単位の蚊を飼育.そんな著者だからこそ語れる蚊の知られざる奇妙な生 態の数々
<嘉糠洋陸>
1973年山梨県生まれ。大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)。東京慈恵会医科大学熱帯医学講座教授、同大学衛生動物学研究センター長。専門は衛生動物学、寄生虫学。